37歳
また、ひとつ無事に歳を重ねることができました。いいかげん、年齢に見合った人間になってしかるべきだと痛感はしているのですが、いつまでも歳をとらない感覚が残っているうちは難しいのかもしれません。そんなこんなな私ですが、これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
また、ひとつ無事に歳を重ねることができました。いいかげん、年齢に見合った人間になってしかるべきだと痛感はしているのですが、いつまでも歳をとらない感覚が残っているうちは難しいのかもしれません。そんなこんなな私ですが、これからもおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
11年8ヶ月勤務した会社を退社しました。今後は大学卒業以来3年間、営業として勤務していた会社へ戻り、茅場町の新しい事務所において新設の金融ソリューション部に所属、デザイン制作を担います。皆様には引き続き変わりのないおつきあいのほど、よろしくお願い申し上げます。
「自分のことくらいは自分で決める」をテーマに、転職の合間にある休日を活用しての、フランスを中心とした一人旅をしました。
6日目はパリをめぐり、東京へ移動しました。
1日目 / 2日目 / 3日目 / 4日目 / 5日目 / 【6日目】
【1月18日(月)】
昨晩はついに「風呂は後でいいや、とりあえず寝る!」ということで明け方に入浴、8時過ぎに起床。
なんだか旅先では常にパンを食べているような気もしますが、今朝のホテルでの食事はこれです、パン。いいのです、大好きなので。
ホテルの前にはIKEAがあります。もちろん、行きませんでしたが。
今日は再びパリを歩きます。「あそこへ行っておけばよかった」という後悔を防ぐため、未然に設定した計画です。
送迎バスで送ってくれるということで、「今日はパリを観光したい」と告げると、どこぞの駅で降ろされました。どこだ、ここ。
路線図をもらい、乗るべき車両が入線するホームがわかってから、ここがポン・ドゥ・ランジス駅(Pont de Rungis - Aéroport d' Orly)であると知りました。9時30分頃、RER C線に乗りこみます。
軸足の場所をモンパルナス・ビヤンヴニュ駅(Montparnasse-Bienvenüe)に定めます。だったらオルリー空港まで送ってもらってからエールフランスバスに乗ればよかったじゃんとのご意見、ごもっともです。でも、お高いですから、エールフランスバス。
フランスの広告は無駄がなく洗練されています。車窓から見える看板ひとつとってもすてきです。
サン・ミシェル・ノートル・ダム駅(Gare Saint-Michel - Notre-Dame)で4号線に乗り換えます。
撮りたい光景がいくつもあるものの、やはり重いかばんがあると難しいです。
と、いうことで、モンパルナス・ビヤンヴニュ駅で荷物預かり所を探して、身軽になります。
ご多分に漏れず、荷物を預ける際は空港と同じレベルのセキュリティが待っています。日本のコインロッカーほど気軽ではありません。
今日はやるべきことがあり、昨晩、あらかじめ調べていた手順どおりに行動することにします。まずは、郵便局へ行きます。
旅の初日から持ち歩いていた、娘への絵はがきを送るためです。明らかに届くのは帰国した後ではあるのですが、多忙ゆえに郵便局を見つけることができなかったので、仕方ありません。また、家族とは毎晩iChatで話をしていただけに意味もないような気もしましたが、手紙が届いた思い出もあろうかということで、まあよしとします。
フランスの郵便のテーマカラーは黄色。郵便収集車を見つけました。
59階建てのモンパルナスタワーの上からエッフェル塔を眺めようとしていたのですが、思わず笑ってしまうほど上が霞んでいたのですぐさま断念。
こりゃひどいっす。あはは。

デュロック駅(Duroc)方面へめざして歩くと、
ありました、ありました。パリ市のレンタル自転車サービス、ヴェリブ(Velib)です。
旅の2日目、自転車を見つけたけれども乗り方がわからず断念した経緯を書いたところ、私の人生で5本の指に入る「すごい人」であられるゴローさんが、「お土産はVelib1台お願いします」とすぐさまコメント。「ああそうか、あれってVelibっていうのだな、なぜ調べなかったのだろう」ということで昨晩、借りる場所と方法を調べたのでした。ゴローさん、ありがとうございます。
市内に1,500ヵ所以上も設置されているボルヌ(Borne)と呼ばれる端末で、クレジットカードを使い登録をして利用します。回転率を上げるため、利用料金は、30分間が無料、1時間で1ユーロ、1時間30分で3ユーロ、10時間で71ユーロと、長時間になるほど高くなっていきます。端末がある場所であれば、どこで借りてどこで返しても自由です。
何はともあれ、出発進行! 名所の多いパリは自転車でめぐるのが一番です。あ、この自転車ってギアがついている!と、いうことを今、知りました。
サン・フランソワ・グザヴィエ教会(Saint Francois Xavier)を左手に流します。
アンヴァリッド(廃兵院:les Invalides)が見えてきました。ドーム教会の地下墓所にはナポレオン・ボナパルトの柩をはじめとして、著名な将軍の廟が置かれています。ヴェリブを停めて眺めていると、愉快なインド人の観光客5人組が来て「ジテンシャ、アナタノ?」と話しかけてきました。
半周して、ドーム教会の反対側へ行ってみることにします。中庭には大砲が並んでいます。
アンヴァリッドの入口です。もとはルイ14世が建てた廃兵の看護センターで、現在は軍の資料館になっています。
こちらも繊細な彫刻が備わっています。
アンヴァリッドの門前の、アンヴァリッド広場です。
広い空間が優雅さを醸し出しています。
自転車専用の道路が用意されてはいるものの、石畳なので走りやすいとは言いがたいです。
ブルボン宮広場から見た、国民議会(Assemblée nationale)です。
渋滞する車線を横目に、セーヌ川に架かるコンコルド橋を渡ります。
たたずむ鳥もどことなくフランスを演じているようです。
2日目に必死で歩き着いたコンコルド広場が見えてきました。
セーヌ川に沿ってチュイルリー河岸を進みます。オルセー美術館(Musée d'Orsay)が見えます。
時間さえあれば渡ってみたい橋が数多くあります。
あ、ここは・・・。
このまま進むとルーヴル美術館がある交差点で左折。
さらに左折して2日目に歩いたチュイルリー公園(Jardin des Tuileries)を走ります。もっとも、公園内なので、すぐに注意されてヴェリブは手押ししながら走ったわけですが。
気がついたらヴェリブに乗って1時間10分が過ぎていました。いつまでも乗っていられそうな気もしたので、ボルヌを見つけて返却します。
目の前にはマドレーヌ教会(Paroisse de la Madeleine)がそびえ立ちます。パリでは珍しい古代ギリシャ風の神殿となっています。
マグダラのマリアを守護とするカトリックの教会です。
中へ入ってみます。
荘厳な光景の中、多くの人が集っています。
外に出ると、遠くにはコンコルド広場が見えます。
そろそろ、お腹がすいてきました。マドレーヌ駅(Madeleine)から8号線に乗りストラスブール・サン・ドニ駅(Strasbourg-Saint-Denis)で下車します。ありましたありました、ケンタッキーフライドチキン。電車に乗って来るべきところなのかどうかはわかりませんが。
例によって注文は、一番食べたいものよりも、指差しオーダーが容易なお店おすすめの商品となります。
何がしかの5ユーロのセットをオーダー。1ユーロ=約128円として換算すると約640円。写真云々ということもありますが、おいしいものではなかったです。
ストラスブール・サン・ドニ駅(Strasbourg-Saint-Denis)から8号線に乗りオペラ駅(Opéra)で下車します。
ここでもGoogle Chromeの広告をたくさん目にしました。
「スリにご注意ください」というアナウンスが各国の言葉で駅の構内に響き渡り、ひさしぶりに日本語を耳にしました。ふと見ると日本人観光客の団体がガイドの人に改札口の通り方を説明されつつ移動しています。後で気がついたのですが、ここオペラはパリでも特に人が集まる観光地だったようです。
迷路のようになっていたり、一歩通行のエレベーターがあったりして、駅の構内から外へ出るまで同じところを2回も歩いてしまいました。
オペラ広場に立ってみます。完全なるお上りさん状態とはこのことです。今に始まったことではありませんが。
バレエが多く上演されている歌劇場、パレ・ガルニエ(Palais Garnier)です。
パレ・ガルニエの入口に立って、オペラ広場を見渡してみます。
古いものと新しいものとの調和を感じることができます。
この期に及んでどこへ行こうか決めていない私は、塔が見える方向を目指します。
ヴァンドーム広場(Place Vendôme)に着きました。
中央にはナポレオンの建てた柱がそびえ立ちます。

再び、オペラ広場へ戻ります。シャルル・ド・ゴール空港行きのロワシーバスが停車していました。調べていたとおりの道を進むと、
あったあった、ありました、2009年11月にオープンした海外で3番目の旗艦店、ユニクロ パリ オペラ店。早速、入ってみます。
旗艦店だけあって品揃えが豊富です。あ、このチェックの服、いいかも。
移動するために歩いていた地下通路で、いつぞや食べたセットを見かけました。So Good!ではなかったです。
オペラ駅(Opéra)から8号線・1号線と乗り継いでラ・デファンス駅(La Défence)で下車します。
ラ・デファンスと呼ばれる地区は、パリの中心部であるルーヴル宮・コンコルド広場・シャンゼリゼ大通り・凱旋門と一直線に並ぶ、そのさらに先にある新しい副都心。このこだわりには驚かされます。
中心部へ向かう途中ある様々な建築物や構造物に目を奪われます。
歩くこと約10分。ようやくグランダルシュ(新凱旋門:Grande Arche)に着きました。あまりの大きさに驚きます。
門とはいっても実際はオフィスビルとなっています。105メートル×105メートルの正方形。これは、ルーブル宮にある広場と同じ大きさとのことです。
グランダルシュの入口に立って歩いてきた方向を見渡してみます。
近代的なデザインのビルには目を見張るものがあります。
駅へ向かう帰りは地下を歩いてみたところ、様々な店舗が並び、地上からでは想像できないほど大きな街であることに気づかされました。
ラ・デファンス駅(La Défence)から1号線・12号線と乗り継いでモンパルナス・ビヤンヴニュ駅(Montparnasse-Bienvenüe)で下車します。
時刻は17時、ようやく戻ってきました。預けていた荷物を引き取ります。
駅にあるトイレは有料。入ってくる人のほとんどが、入口にいる受付の人から、おカネを支払うように呼び止められていました。
バランスよくいろいろな乗り物には乗ったものの、まだ乗っていない乗り物があります。2台が連結されているバスです。行き先を確認して乗り込みます。


連結部分に立っていると、不思議な感じがします。
再びやってきたのは、オペラです。先ほどと違うのは着替えを含む大きな荷物を持っていることです。
昼間と同じように、パレ・ガルニエの入口に立って、オペラ広場を見渡してみます。
先ほど見ていたシャルル・ド・ゴール空港行きのロワシーバスの時刻表を見ていると、2人組の日本人のおばさんが空港へのアクセスについてなれなれしく質問をしてきました。旅の前であれば厚かましいという感じを持っていたかもしれませんが、今では、こういう生き方もありだよなと思えるようになっています。
バスのチケットを発券機で買おうとするもクレジットカードが受けつけられず、バスの運転手に聞いてみると、現金でなければダメだとのこと。そんなバカな、ということで再度、発券機の前で四苦八苦していると近くにいたアジア系の若者が助けてくれました。最初から最後まで誰かに助けられていた感じが否めません。
50分ほどで、シャルル・ド・ゴール空港(L'aéroport de Paris-Charles-de-Gaulle)に到着しました。
いよいよ、帰国のときがやってきました。少し気が早いかなとも感じつつ、腕時計を8時間進めて東京の時刻に合わせます。
来たときと同じコースで帰国します。アシアナ航空にて、20時25分にパリのシャルル・ド・ゴール空港を出発、1月19日の15時25分に経由するソウルのインチョン空港へ到着。
韓国の航空会社なので、機内食としてビビンバが出ます。石焼きではありませんでした。
もちろん、飛行に関するアナウンスも韓国語です。こちらも石焼きではありませんでしたが。
めったに海外へ行かない人間が必ず載せる飛行機から見る雲の上の景色を、私も載せてしまいます。
インチョン空港にて、乗り継ぎとなります。17時10分にインチョン空港を出発、19時30分に成田国際空港へ到着。
1時間30分ほどの待ち時間には、飛行機を滑走路へ導くゲーム、Flight Controlが欠かせません。あ、ドカーン。
飛行機の中では、アマルフィも観ることができました。iPod touchに入れていたので、同じタイミングで再生して遊んでいるうちに成田空港へ到着です。
自分自身による、自分自身のための、自分自身の一人旅は、無事に(?)戻ってくることができました。
無事に帰ってくることができたのは、自分の能力や判断の賜物でも何でもなく、単に、行った先で人権が守られていて、かつ、クレジットカードを持っていたからに過ぎません。立ち回りで困ることが少なかったのは、Googleを活用できたからです。
一方で、いち個人の旅として、失敗や無駄が多くお恥ずかしい限りではございましたが、今の自分を客観的に見ることができるよい機会だったように感じます。これはひとえに、現地でのサイトの更新をリアルタイムで読みアドバイスや応援をメールやコメントにて送ってくださった先輩や友人の方々、バックアップをしてくれた家族と親戚、そして何より、留守の間に2人の子どもを守りつつ私を応援し続けてくれた妻のおかげです。
皆様、心より感謝しています。どうもありがとうございました。
一人旅は終わりましたが、人生の旅はまだまだ続きます。オオガミともども今後ともおつきあいのほど、よろしくお願いいたします。
「自分のことくらいは自分で決める」をテーマに、転職の合間にある休日を活用しての、フランスを中心とした一人旅をしました。
5日目はマルセイユを出て、アルルをめぐり、パリへと移動しました。
1日目 / 2日目 / 3日目 / 4日目 / 【5日目】
【1月17日(日)】
フランスでのクルマは日本と逆の右側通行です。
一般道路で信号はほとんどなく、代わりに「ロータリー」が数多く存在します。交差点にあたる箇所で、クルマは一度ロータリーに入り、左回りで行きたい道路へ出ます。広大な土地を使うことで信号機を減らすという、理にかなった方法といえます。パリの凱旋門はある意味、このロータリーの大ボスなのかもしれません。凱旋門には信号機がありますが。
ロータリーに差しかかると、まずはロータリーを回っている左方向からのクルマが途切れる瞬間を待ちます。グズグズしていると後ろからクラクションを鳴らされるわけですが、幸いなことに私はロータリーへ入る直前にエンストをして鳴らされた一度を除いて、スムーズな運転ができました。慣れるまでは、ロータリーに入るときよりも、自分の右後ろにいるかもしれないクルマの存在の確認を瞬時にすることになる、出るときの方が緊張します。
宿泊先へ向かう夜、地図を見ながら「ロータリーがある近くだな」という認識をしていたため、山ほどあるロータリーに出くわした私は混乱したわけです。流暢な日本語を話すカーナビは、ロータリーが近づくと、例えば「次のロータリーに入って、3番目を、右です」などと言っていました。
高速道路の制限速度の多くは130km/h。たまに90km/hになるときがあり、その度に親切なカーナビが教えてくれます。高速道路から出るとすぐに50km/hになり、130km/hから50km/hへきちんと落とさないことで捕まるケースが多いとものの本に書いてありました。
一定の距離ごとに日本におけるサービスエリアのような箇所があるため、安心して走行することができます。
今日はマルセイユ(Marseille)から、まずはアルル(Arles)へと向かいます。モンペリエよりもほど近い歴史のある町です。
料金所を通るたびに頭をよぎるのは、昨日の夜、最後の料金所で支払いのために停まり、再び出ようとした際にエンジンがかからず焦ったことです。今日も祈るように料金所を通り問題はないものの、クルマの調子が克明に悪くなっていることに気がつかないふりをし続けるわけにはいきませんでした。
クルマの不調の原因はなんとなくわかっています。ディーゼル車に、ハイオクのガソリンを入れてしまった「誤給油」です。それも、満タンに。
クルマを借りて最初にエンジンをかけたとき、かすかに「あれ? 懐かしい感覚だな」と考えていました。それは昔、実家で乗っていたいすゞのディーゼル車に似ていたからです。この「あれ?」というものすごく微々たる感覚ほど重要なものはないはずだとは知っていたのに、などと今さら考えていても仕方がありません。
高速道路をおりて数km走行。10時頃、小さな町で信号待ちをしていてふとバックミラーをのぞくと、白い排気ガスで後方のクルマが見えないではないですか。クルマを隅に寄せてあわてて停車してエンジンを止め、再びキーをまわしてみましたが、クルマはまったく反応しませんでした。
「あーーー、終わった・・・」これが、ハンドルを抱えながら口にした言葉です。終わった、などと言っているわけにもいかず、とりあえずクルマからおりて見渡すと、なんと! 50メートルほど後方にガソリンスタンドがあるではないですか! それも、運のよいことにフランスでは休みが当然の日曜日にも関わらず開店しています。走って店に入り、「ヘルプミー!」で切り出して身振り手振りで説明すると、店の主人は反対側の店に行けと言っているようです。反対側の店はなんと! さらに運のよいことに小さな自動車修理工場でした。
「修理工場は休日のようだが」と伝えると、大丈夫だから、的な答え。再び走って修理工場の扉を開けてみると、マリオ似のおじさんが出てきました。話をすると最初は怪訝そうだったものの、懸命な眼力でなんとか事情はわかってもらえたご様子。50メートルほど先のクルマまで案内すると今度は、ここでは無理だ、ちょっと待ってろ、的な答え。気がつくとクルマは修理工場まで運ばれていました。
無事に修理工場の前におろされただけで安心してしまったのは、仕方がないと言えるでしょう。
再度、事情を説明。おじさんがクルマの給油口のキャップをまわすと「プシューーーッ」という音とともにガスが抜け、よくある肩をすくめるジェスチャー(┐('~`)┌ )をするのを見届けてから、私はマンガのようにしゃがみ込んで頭を抱えて「あーーーっ」とわかりやすく落胆するのでした。落胆している私に目をとめることもなく、おじさんはなんとか修理をしようとしてくれるのですが、いかんせん、若者によってパンクしたバイクが持ち込まれたり、通りかかる何人もの年配のご友人と抱き合ったりと、一人でものすごく忙しそうな感じです。
ふと気がつくとルイージ似の、おじさんのご友人ぽい方が修理をしていました。タバコを吸う度に吸い殻を水たまりへ投げ込みながら、幾度も挫折しそうになりつつ、なんとか修理が完了。「うわーーーっ、直ったっすか! すごい!」と日本語で言う私に、おじさん方々は「ブルン、ブルーン!」とエンジンの擬音で答えるのでした。
残るは誰が考えても、おカネの問題です。フランス語を話せないとわかったおじさんは、どこから英語を話す観光客風の女性を連れてきて通訳として私とのコンタクトを試みますが、私が英語すら話せないとわかると、二人でよくある肩をすくめるジェスチャー(┐('~`)┌ ┐('~`)┌)のお出ましです。
私を助手席に乗せての時速130km/hのテスト運転の後、呼び寄せたのはおそらくはおじさんの息子。おじさんと、ちょっぴりインテリな英語を話す息子が、再びおカネの話をします。いいです、わかっています、交渉の余地などないし、そんな気持ちもありません。と、いうことで、いつもの笑顔でのクレジットカード払い。移動と修理と我らがディーゼル燃料満タンの代金、しめて256.52ユーロ、日本円にして34,127円也。(>_<。)
カードでの支払いを済ませて、修理工場を後にします。数百メートル移動、クルマが問題なく走ることを確認してから、隅に寄せて大きなため息をついた後、でもまあ誰かを傷つけたわけではないからよかったよな、ということで「よし!」というかけ声とともに気を取り直します。時刻は12時30分。おカネはもとより、2時間30分という時間のロスが悔やまれてなりません。
とにかく先へ進みます。ごく普通の一般道路でも制限速度が80km/hであることは驚きです。
小さな町を抜け、
どこまでも続く広大な土地を眺め、
名も知らぬ駅前のロータリーを得意げに回って、
ようやくたどり着きました。ゴッホの絵でも有名なフランスでも最大の面積を持つ市、アルル。
クルマを駐車場(だと思われる場所)に停めて一歩、足を踏み入れると、そこには歴史を感じずにはいられない、美しく古い町並が広がっています。

たむろっている若者らの特異な視線を受け流し、例によって小走りで坂を上がります。
歩くこと約5分、見晴らしのよさそうな広場があります。
町を見下ろしてみます。案内板に何が書いてあるのかはわかりませんでしたが。
ガイドブックが正しければ、ここにあるのは世界遺産のひとつ、円形闘技場(Les Arènes)ということになります。私が悲しいのは、工事中の円形闘技場を目の当たりにして開口一番「あ、大橋ジャンクション」と言ってしまったことです。
何やら徹底的に工事をしているご様子。
それでも正面に回ってみると、中を見学できるようです。


見学料を支払ってチケットを受け取りつつ、何やらこのチケットでもう一カ所が無料になる、的なことを言われてとりあえず笑顔でうなづきます。
順路のようなものが書かれていたような気もしますが、まずは行きたい方向へと体を向けます。階段を上ると、そこでは太古の歓声を聞くことができました。
紀元1世紀に建設された、収容人数は約2万人の、ローマ時代の闘技場です。アルルに現存する古代ローマ遺跡で最大のものとのこと。
2千年も前の建物ということを忘れてしまうほど、保存状態がよいです。現在でも闘牛などのイベントで使われています。


せっかくなので、一番高く行くことができそうな、競技場の外側にあるてっぺんを目指してみます。
先ほどよりも高いところということもあり、アルルの町をよく見渡すことができます。遠くにはローヌ川が流れています。真下は、入ってきた正面の入口になります。
まさか、町と競技場とを隔てる壁の上から眺めることができるとは考えてもいませんでした。
てっぺんから競技場を見渡します。
願わくば、競技場が完成した日に行って、式典の写真撮影をしてみたいものです。
下へと移動して、通路を抜けてみます。
今度は何やら闘わなくてはならないような気になってきました。
せっかくなので、トイレも撮っておきます。

ゆっくりと観ていたかったものの、そう言ってもいられず、次へ進みます。
3分ほど歩くと入口があり、先ほど購入したチケットを提示して中へと入ります。
世界遺産のひとつ、古代劇場(Théâtre Antique)です。
紀元1世紀に建設された、ローマ時代の古代劇場です。劇場の中央に立つと、そこでは太古の歓声を聞くことができました。
舞台には新しい設備の一部を見ることができ、今でもコンサートやオペラで利用されていることがわかります。
誰もいない古代劇場の観客席に座って、ひとり静かに考え事をしてみようと考えるつもりでしたが、何を考えようか考えているうちに時間が過ぎていったのでやめました。
劇場の外側にはたくさんの石が散在し、歴史の積み重ねを感じます。
アルルの町を小走りで進みます。

レピュ・ブリック広場に出ました。
広場に面している建物はサン・トロフィーム教会(L'église St-Trophine)。
11世紀から12世紀にかけて建造された教会です。
基本的に、自由に見学をすることができるようです。

荘厳な雰囲気の中にあって、自然に気持ちが落ち着いてきます。
彫刻とステンドグラスの調和と美しさには言葉を失わせる力があります。
歴史的な背景や学術的な知識はないものの、ただいるだけで心が洗われていくことがわかります。
教会を出て、再びアルルの町を歩きます。振り返ると右奥に教会、正面に市庁舎を見ることができました。

道のほとんどが石畳になっています。
迷路のような町並を進みます。観光場所以外で、人を見ることはほとんどありませんでした。
ローヌ川の川沿いを歩きます。
もう少し歴史にふれたかったのですが、時間は許してくれませんでした。
様々な場所で、クルマの一方通行を時間で制御する装置を目にすることができます。
道に迷いそうになりつつ、円形競技場まで戻ってきました。
16時、再びクルマで移動します。目指すは、マルセイユ。
懸命に高速道路を進むものの、またもや時間との戦いを呈してきました。
マルセイユの市街に着く頃には、17時を過ぎていました。頭の中のぼんやりとした計画では、午前中のトラブルがなければ、昼過ぎに来ているべき場所です。
来ました、2600年の歴史を持つ港町、マルセイユ! 俗にいう大メインクライマックスではございますが、ここで残念なお知らせがあります。
なんと、ここでの滞在が許される時間は約30分。「こんなにすごいところだとは考えもしなかった、最初に足を運べばよかった!」と、まあ、大好きな食べものを最後まで取っておく性格が仇となってしまった次第です。
路面電車あり、地下鉄あり、高速道路あり。クルマの中から羨望のまなざしで外を見渡します。
クルマのハザードランプをつけたまま、港の周辺を「プレビュー版! プレビュー版かよ!」と、時間のなさを嘆きながらシャッターを切っては走り去っていました。旅のプレビュー版です、これは。そんなものがあるのかどうかはわかりませんが。
決めました。ここは、いつの日にかまた、来ます。
17時30分、約30分の滞在を終え、心の中で涙目になりながらマルセイユをあとにしました。
プロヴァンス空港(Aéroport de Marseille Provence)に到着した頃には、当然のごとぐ完全な夜になっていました。空港の周りをドキドキしながらレンタカーで走ったことを遠い日のように思い返しながら同じ道を走り、クルマを返却。手続きをして20時30分、乗り込んだエールフランス航空の飛行機が離陸します。
移動中の飛行機の中で、軽食が出ました。考えてみれば、このチーズのサンドイッチがこの日の夕食になっていました。
21時50分、パリのオルリー空港(L'Aéroport d'Orly)に到着。宿泊先のGrand Hotel Séniaが空港からほど近いことはわかっていたものの、歩いていけるのかどうかがいまいちわかりません。とりあえずタクシーに乗ろうとすると、運転手は遠くを指差して何かを言っています。
仕方なく空港の中へ戻り、今や「わからなければすぐに聞く」が座右の銘になっている私は、閉まりかけたインフォメーションの女性に住所が書かれた紙を見せつつ「アイ ウォントゥー ゴー ディス ホテル」と言います。女性はすぐにうなずき、どこかへ電話をかけ、私にバス停を指示。
バス停に行ってみると、同じような旅行客が待機。どうやら、いろいろなホテルへの送迎バスが出るバス停だったようです。しばらくすると宿泊先のバスが来て、どこかの駅へ立ち寄って男性の客を乗せ、ホテルに到着。とても歩いていく距離ではなかったようです。明日はどうなることやら。
「自分のことくらいは自分で決める」をテーマに、転職の合間にある休日を活用しての、フランスを中心とした一人旅をしました。
4日目はマルセイユに宿をかまえ、モンペリエをめぐりました。
1日目 / 2日目 / 3日目 / 【4日目】
【1月16日(土)】
今朝はゆっくり、7時30分に起床。ビュッフェが9ユーロということで、迷わず足を運びます。ショコラ(=ココア)がうっとりするほどおいしくて、クロワッサンとともにおかわりをし続けずっと口にほうばっていました。
旅を総括すると、ここでのビュッフェが最高峰でした。もはやパンばかり食べていますが。
ホテルというよりはプチホテルで、設備も新しく非常に快適です。
出発前に日本で予約したホテルの条件は、無料の駐車場つき・無料の無線インターネットあり・バスあり・ドライヤーあり。これだけでも、なかなか見つからないものです。
何はともあれ、移動する必要があります。「なんとなく」の方角だけ定めて、まずは運転に慣れる努力です。
ふと、遠出の前にカーナビの電源をなんとか確保しようと考えました。カーナビの操作は直感的に理解できたので、一番近くのレンタカーの営業所を探し出し、移動すること約1時間。駆け込んで調べてもらうと、電源のコネクタはなんと後部座席にありました。こんなのわかるかーーーっ! 営業所の人も肩をすくめて苦笑いしていました。何はともあれ、これで安心してカーナビを使えます。
高速道路が発達しているようで、気がつくといつしか高速道路を走っています。マニュアル車なので、特に一般道路よりは楽に走れます。見慣れない標識が楽しくて仕方がありません。
今の段階ではどこへ行くかを確定していないため、着の身着のまま移動することにします。
たまに高速道路をおりて一般道路を走り、見晴らしのよいところでクルマを止めます。
それにしても何なのでしょうね、この、ふざけたナンバーは。(前後の数字は消してありますが)
しばらくテキトーに進むと、高速道路の料金所がありました。料金所の写真撮影なら自信があります。と、いうことで、手前で停車してパチリ。
フランスは日本よりもクレジットカードの利用が普及していて、料金所でもクレジットカードの挿入口があって気軽に通行できます。
先へ進むと、
またもや料金所です。よく見ると、ETCに値するものもあるようです。
フランス語を話すカーナビだけを頼りに、マルセイユ(Marseille)の隣の街であるモンペリエ(Montpellier)へと向かうことにします。分岐の案内板にどちらもモンペリエと書かれていたりしても、運転で手一杯の走行中には判断できません。
高速道路をひたすら走ります。この段階において、そして、帰国した今の今まで「距離」について感覚はまるで持ち合わせていませんでした。
おそらく、高速道路を降りる場所を間違えていたのでしょう。一般道路を走り、小さな、少しばかり寂れた町中を通過します。
見晴らしのよい低い峠を越えます。今となってはどこを走っていたのかはわかりませんが。
スーパーマーケットを発見。買うものはないのですが、立ち寄ってみることにします。
当然のことながら店舗は広く、品揃えが豊富です。うろうろしているだけで楽しくなってくるというものです。
再び高速道路へ。モンペリエの市中への高速道路の出口ではまったのはかなりの渋滞で、かつ、前の車に乗っていた2人は終止チュッチュチュッチュしていました。渋滞の原因は出口付近での検問のようで、数十人の警官が通行するクルマをたえず監視。その場面を撮影する勇気はありませんでしたが。
せっかくなので、たまたま通りがかった巨大なショッピングセンターに行ってみることにします。地下の駐車場に車を停めて、地上へ向かいます。
ここは、「Centre commercial Odysseum」。形式や形状は日本にあるショッピングセンターと同じ。約2,000台分のクルマが収容できるパーキングを持つ規模です。建物へ入ってみると、想像以上に大きいスーパーマーケットがありました。先は遠すぎて見えません。
外へ出てみます。あ、日本でもまだ行ったことのないIKEAが隣接している!
IKEAの写真を撮ろうとした時、目の前を楽しそうな乗り物が通過しました。
せっかくなので、IKEAへ入ってみることにします。お客さんがたえず入店していて、かなりの盛況ぶりが伺えます。
時折テレビで見たことのある光景が広がっています。もちろん、私が買うべきものはここにありませんが。
行列のできるレジを横目に抜けると、軽食を食べることのできるIKEA FOODなるカウンターを発見。そろそろ何かを食べておくタイミングです。
日本ではどこで売っているのかがいまいちわからないマカロンを、気軽に買うことができます。
例によって例のごとく、気軽な指差しオーダーで2ユーロ支払って手に入れたのがこのセットです。飲み物はフリー。どことなく悲しげなのは、持ち運んだときに少し倒れたサンドイッチからレタスがこぼれたからだと思われます。
おなかも少しはふくれたので、引き続きショッピングセンターにてウインドウショッピングとしけこみます。かわいいもの、かっこいいもの、いろいろあります。フランスと言えばありました、レミーのおいしいレストラン。
なんと偶然にも、歩いているとApple Store - Odysseum(アップルストア オデッセウム)を見つけました。2009年(平成21年)12月にオープンした、フランスで2店目となる店舗です。
建物が周囲と連結している、1階建てになっています。
せっくなので自分のサイトを表示したみたことは言うまでもありません。設定を変更することなく日本語も表示できるなんてすごいなーなどと考えつつ、外へ出ます。
驚いたのは、ショッピングセンターの中に列車が停まったこと。ショッピングセンターを含む周囲の複合施設と連絡するための列車のようです。
そろそろ移動しよう、ということで、ショッピングセンターを後にします。カーナビが「衛星をロストしました」的なことを言い方角を失ったままになったので、再起動してあらためて設定を丁寧に見ていくと、言語を変更できることを発見、「JAPANESE」なる文字を見つけました。様子を見ていると、画面表示は設定どおりの英語、音声案内はなんと! 日本語になりました。
予定では翌日の早朝に向かう目的地へ、「まあ、すぐに着くだろうから、今から行っちゃえ」という、今考えてもひどすぎる発想だけを原動力として、ガイドブックの大まかな地図とカーナビを頼りに進みます。
時計を見ていなかったのですが、この時はどうやら16時頃だったようです。
目的地までの距離や時間を把握していないにもかかわらず、日没前には着きたいなあという希望だけはあり、微妙な焦燥感にかられながらハンドルを握ります。
野を越え山を超え進みます。写真がひどいのは、日没時間だけを気にしはじめているからです。
日も暮れてきて、もしかして道路どころか方角も間違えているのかも・・・という不安がわいてきた頃、着いた、着きました!
知る人ぞ知る世界一高い高架橋、ミヨー橋(Viaduc de Millau)です。主塔の高さは、エッフェル塔や東京タワーよりも高い343メートル。「出光興産 - 更なる高みへ編 - TVCMのご案内」(動画)にあるCMを、テレビで見たことのある方も多いのではないでしょうか。
いつの日にか渡ることができればいいなあと考えていた橋。渡ることができました。
橋を渡り、一望できる場所へと到着。時刻は18時になろうとしていました。
ふもとの町にも夜の帳が下り始めています。ふと辺りを見渡すと、いるのは私一人。時間で閉館になっているミヨー橋の建設に関する資料館と、橋を見下ろすことができそうな小山へと続く小道がありました。資料館は涙を飲んであきらめて、小道を駆け上がることにします。
折り返しの坂をショートカットすべく、泥にまみれた道なき道を小走りで登り、5分ほどで展望台のような空間に出ました。暗闇の中に、世界一高い高架橋が浮かび上がります。
CMで見るような雲の上に架かる光景を観るためには、季節と時間と天気が限定される、一見には厳しい条件をクリアしなければならず、日本にいるときからあきらめていました。だからといっていきなり行くところでもないわけですが。ライトアップされた橋を観ることができたということでよしとします。
来たということは、帰らねばなりません。帰国した今、調べてみたところ、ミヨー橋から帰るべきマルセイユまでは約272km。東京駅から名古屋駅まで約267kmなので、ほぼ同じ距離のようです。
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夕方から思い立って名古屋まで行き、30分ほど観光して東京へ帰るという行動は当然、日本にいたらありえません。パッと地図を見て「うん、いける」と思うまともではない精神がなせる技です。胸をはって言えることではありませんが。
距離のことなど頭にないので、大変だということに気がついていません。ミヨー橋を再び渡るべく進み、Uターンもポイントを見落とし5kmも無駄に進むというシーンも見受けられましたが、この頃にはほとんどエンストもせず、降り出した雨の中、快調に帰路を進みます。
2時間ほど走った頃、そろそろ給油をしなければということでガソリンスタンドへ立ち寄ることにしました。
フランスはほとんどがセルフ、方法は日本と同じなので、ガイドブックを読みながら気軽に給油します。
満タンまで入れちゃいます。きちんと写真を見てくださっている方は「うわーーーーーっ!!」と声を上げてくださっているのではないでしょうか。私だってビックリです。そうです。私の、大げさに言えば人生で5本の指に入る失敗は、ここで行われました。
自分の責任を明日の自分に押しつけた私は給油を終えて、近くにあった日本でいうところのサービスエリアにあるお店へ入り腹ごしらえすることにします。
気軽に買うことができる巨大なサンドイッチもありましたが、もう、パンはいらないです。
なので、これにしました。食後はコインをカウンターへ持っていくことで、カフェをもらうことができます。
とにもかくにも、一心に帰路へ向かうだけです。いくつ超えたかは覚えていない料金所は、クレジットカードを入れるだけで通過できるところもあれば、通行券を受け取りクレジットカードとともに渡すところもありました。
昨晩と同じ宿泊先のキリヤード マス デ オリヴィエ(Kyriad Mas des Oliviers)に着いたのは22時過ぎ。4時間30分ほどで無事に(?)帰ってくることができました。
最後の料金所で支払いのために停まり再び出ようとした際、エンジンがかからず焦りました。これが、翌日の試練の序章だったということは知る由もなかったわけですが。
「自分のことくらいは自分で決める」をテーマに、転職の合間にある休日を活用しての、フランスを中心とした一人旅をしました。
3日目はパリを出て、ロンドンをめぐり、マルセイユへと移動しました。
1日目 / 2日目 / 【3日目】
【1月15日(金)】
5時30分に起きるつもりだったのに、携帯電話にセットしたアラームを何者かが勝手に止めたために寝坊。で、5時50分に隣室の物音で運よく起床。ホテルの清算を前日にすませておいてよかったー&駅近のホテルでよかったー、でも、いつも見えない何かに救われるのは何なのだろう、などと考えつつ荷物を背負ってガール・デュ・ノール駅(Gare du Nord)へダッシュ。出入国の手続きをして乗り込んだのは6時43分発、ご存知、ユーロスター。
フランス人とイギリス人の間に向かい合って座席に腰をおろすこと約1時間15分、英仏海峡(ドーバー海峡)を横断していることにも気がつかず7時58分、あっという間にロンドン(イギリス)のセント・パンクラス駅(St Pancras station)に到着です。
観たい場所が数カ所あるだけで、とりあえず何をすべきかは現地で考えます。何はともあれ重い荷物をなんとかせねばなりません。フランス語から英語に逃げて少しだけ安心した私ですが、公共の場において結局はピクトグラムが命です。鞄のアイコン、こりゃあ、コインロッカー的なものだろうよ、ということで向かうと案の定、そこは手荷物預かり所。英語の注意書きの紙を見せられてたどたどしていたら裏に日本語の記述があり、大きくうなずくと無事に荷物を預けることができたのでした。
考えてみれば、またもや前日の夜は何も食べていないわけです。と、いうことで、駅の構内にあった冷たい風の吹きすさぶスターバックスへ飛び込み、日本と同じ感覚で注文をしてよっしゃ通じたと安心したのもつかの間、ユーロを出してしまい、奥に入れていたポンドを出すのに30秒くらいかかりました。列はのび、店員さんも同情の表情。でもまあ、いいや。空腹は最高のスパイスとはなるほど、うまいことを言ったものです。4.80ポンド、1ポンド=約145円として換算すると約700円。
旅の軸足はフランスなので、イギリスに関することは頼りないガイドブック1冊だけ、それもほとんど目を通していません。にっちもさっちもいかないので、とりあえず駅から外に出てみました。うわ、なんだかすごい! イギリスみたいだ!
舞い上がって写真もなんだかテキトーです。お許しください。
まずは地下鉄だろうということで乗り場を探してさまよい、同じ場所を2回も通ったり「違う、隣のビルだ」などと言われながらもロンドン地下鉄の一日乗車券を購入。キングス・クロス・セント・パンクラス駅(King's Cross St. Pancras station) からサークル線 (Circle Line) に乗ってタワーヒル駅 (Tower Hill station) へ。
駅前に世界遺産があるというのはどういうことなのでしょうか。
ロンドン塔が目の前に広がります。

(怒られるかもしれませんが)私が観たいのはこちらではなくて、
こちらです。タワーブリッジ。イギリスに来て、まず観たかったのがこの橋です。ミーハーなのでしょうね、私は。

いつものように鼻息荒く小走りで橋の上へと移動します。
おカネさえ払えば塔に上ったり機械室を見たりもできたのですが、時間の関係で断念。

日本の勝鬨橋を連想してしまいました。おそらくは似て非なるものなのでしょうけれども。
どの角度から観てもすごい迫力です。

外国の観光客から声をかけられ、お互いの一眼レフカメラで写真を撮り「オウ、グーッド」などと褒め合いながらタワーブリッジを小走りで後にします。余談ながら、よくiPodで洋画を観ているので、写真を撮り合うくらいのコミュニケーションはとることができます。「ワット アーユー ドゥーイング」とか、「ゲラウト ヒアー」とか。
歩いてロンドン・ブリッジ駅(Lodon Bridge station)まで来ました。電車に乗るわけではなく、聞いたことがある名前の橋を観るためです。

ロンドン橋、落ちたー♪という歌を思い出したので来たものの、見た目は何のことはない橋でした。ただ、調べてみると歴史がつまっているようです。
ロンドンのバスは「レッドアロー」と呼ばれる1階建てと、名物の「ダブルデッカー」と呼ばれる2階建てがあります。いずれも乗る前にチケットを購入します。

ずっと早足で歩いてはいるものの、観たいポイントをクリアする自信がありません。そんな中でも「乗らずに後悔だけはしたくない!」ということで、行き先がわからない、でも一度は乗っておきたい2階建てバスに飛び乗ります。行き先なんて乗ってから考えればいいんだ。
バスの2階から、しばしロンドンの街並を眺めます。

バスの路線図を見ると、ロンドン地下鉄の駅にあたるバス停に停まる気配。今度はあわてて下車します。
着いたのはバンク駅(Bank station)。地下との出入り口以外、地上に一切の構造物がない完全な地下駅だそうです。

目の前には旧王立取引所が建っています。
調べていて、たまたま驚くべきホットな記事を見つけました。ロンドンの地下鉄の案内図や路線図で全面的に使われているフォント「New Johnston」をデザインした日本人へのインタビュー記事「実はメイリオまだ進化中! 誕生秘話を河野氏に聞いた - @IT」。「メイリオ」(Meiryo)と同じ人だったなんてさらにビックリ。

ホームへ行くために歩いていると、エレベーターとその横に階段がありました。階段を下りてはみたものの、あまりにたどり着かず不安になり、戻ってきたところへ数人が階段を下りていきました。なんだ、問題ないんだな。
もちろん、ロンドンでもiPhone 3GSはスタンダードアイテムです。
ロゴの色と車両の色とが見事に合っています。
バンク駅(Bank station)を歩いていると通路でつながっていたようで、いつしかモニュメント駅(Monument station)に来ていました。サークル線 (Circle Line) に乗って、ウェストミンスター駅(Westminster station)で下車。地図によれば、駅の周辺には世界遺産が3カ所もあるとのこと。
ウェストミンスター宮殿(国会議事堂)。
小雨が降ってきたので、小走りです。もっとも最初から小走りのままですが。
スケールが大きすぎて何を観ているのかよくわからなくなってきました。
ウェストミンスター寺院。
聖マーガレット教会。ウェストミンスター寺院に隣接しています。
ウェストミンスター宮殿(国会議事堂)に向けてでしょう、何かを訴える小さな集団がいました。
もちろん、そんなことにはおかまいなく前へ進みます。ウェストミンスター駅周辺での滞在時間は約20分でした。
小走りのままの撮影なのでうまく伝えることができず申し訳ないのですが、ウェストミンスター駅のデザインはものすごく魅力的です。
「かっこいい、うわー、かっこいい駅!」と言いながらシャッターを切りながら走り去る日本人は異様だったに違いありません。
ウェストミンスター駅(Westminster station)からジュビリー線(Jubilee Line) ・サークル線(Circle Line)と乗り継いでキングス・クロス・セント・パンクラス駅(King's Cross St. Pancras station)へ向かいます。
乗り継ぎのベーカー・ストリート駅(Baker Street tube station)ではグルグルと同じところを迷っていました。調べてみたらロンドン地下鉄路線網では最も多いホームを持つ駅とのこと、迷うのも仕方がないというものです。
と、いうわけで4時間ぶりにセント・パンクラス駅(St Pancras station)へと戻ってきました。預けた荷物を引き取ります。
約4時間前に駅へ着いたとき、まず最初にこの何の変哲もない案内の看板を30秒ほど見て、右へ向かうか左へ向かうかを決めました。荷物を預けるために左へ向かったのですが、今となっては右が正解だったのかもしれません。人生を可視化できたような気がしました。
駅の構内にはバラエティにとんだ店舗もあり、この回転寿司もそのひとつです。
実は、2時間以内にロンドン スタンステッド空港(London Stansted Airport)へ行かなければならないのですが、ここに来てどこへどう行けばよいのか皆目、見当もつきません。持ってきたガイドブックにスタンステッドの「ス」の字も載っていなかったことは想定外でした。英語での会話はできず、調べるネットの環境もなし、迫りくる時間の波、重い荷物のために誤れない行き先。旅におけるいくつかの「必死ポイント」だったことは間違いありません。
混み合うインフォメーションを見つけて、「Stansted Airport」と印字された紙とロンドン地下鉄の路線図を出し、ペンで丸をつけるジェスチャーで印を付けてもらったのがリバプール・ストリート駅(Liverpool Street station)。急いでサークル線 (Circle Line) に乗って、リバプール・ストリート駅(Liverpool Street station)で下車。なんとか、空港へ向かう直行列車スタンステッド エキスプレス(Stansted Express)の乗り場にたどり着きました。
乗ってしまえばこっちのものです。たぶん。ロンドン スタンステッド空港(London Stansted Airport)までの約40分間を楽しむことにします。
乗客がほとんどいない列車が快適に走り出したので、どこぞで買っておいたサンドイッチと水で昼食とします。ここまで、思い返せばパンと水もしくはコーヒーしか口にしていません。
あっ、羊! たくさん、います。わかります? よね。
まったりしていたら、いつの間にか終点のロンドン スタンステッド空港駅(London Stansted Airport)に着いていました。あわてて降りて、重い荷物を運ぼうとするとカートの使用に1ユーロかかることがわかり、しぶしぶ投入。

なんとか、時間どおりに着きました。よかったー。
旅における移動と宿泊についてはすべて、あらかじめ日本で予約を済ませています。しかし、ここから先に関しては、出発する前から問題なく進めるかが不安でした。ここから乗る飛行機の航空会社は「ライアンエアー(RYANAIR)」。イギリスでもっとも格安とされる航空会社です。心配の要因は、やたらにメールが届いていたということ。英語なのでアレですが、なにやら「機内に持ち込める荷物は一人当たり1つだけから。わかる?」みたいな。
搭乗手続きは問題なし、航空機も見た目は問題なし。
で、いざ、搭乗しようとすると、止められました。荷物をひとつ減らせ、と。着替えなどが入っている重い荷物は別途、料金を支払って載せたので問題はなかったのですが、肩掛けのバッグの他に、空港で買ったお土産の入った大きなビニール袋がダメなようです。「え、だって、今しがた買ったばかりの荷物じゃん」という理屈は通らないようで、仕方なく肩掛けのバッグに無理からお土産を詰め込みました。ひどいものです。
要は、ものすごく格安の航空であるがために乗客のレベルもそれなりで、「預ける荷物に別途料金がかかるなら、全部手荷物にしちゃえばいいんだ」という理屈からたくさんの手荷物が機内に持ち込まれるのを防ぐための策、ということです。
いざ、搭乗。あ、考えてみればタラップを使っての搭乗は生まれて初めてだなー。入間の航空公園で展示機へ乗るときに使って以来です。
前と後の両方から乗ります。
搭乗している最中にも真横ではガンガン離陸していきます。
なんとか乗り込んだと思いきや、なかなか離陸せず。度重なるアナウンスごとにざわめきが起こり、中には一度しまった鞄の中から搭乗券を出すシーンが何度も見受けられました。まったく関係ない話ですが、このとき私は初めてボーディングチケット(boarding tickets)=搭乗券、ということを知ったわけです。それはそれですごい話ですが。大きなハエが飛ぶ中、約30分遅れの17時30分に離陸しました。ハエは関係ないか。
普通の飛行機ではテーブルが折り畳まれている部分に描かれていたのは避難時の脱出方法。これは、飛行機の体(てい)をしたバスなんだな、と気がつきました。
生まれて初めて、万が一のことを考えました。「死んでしまったら、最強の守護霊になって子どもたちに憑いていよう」とか。最強ってなんだよ、と今となっては思いますが。約3時間後の20時30分、飛行機は無事にフランスのマルセイユ(Marseille)のプロヴァンス空港(Aéroport de Marseille Provence)に到着。マルセイユは、フランスでパリに次ぐ人口の多い都市です。
空港からは、手配していたレンタカーに乗り換えます。これが、試練の始まりでした。
(この日は以後、載せることのできる写真がありません。写真を撮るのは無理というものです)

あらかじめ予約をしておいたので、運転免許証・国際運転免許証・クレジットカード・予約票を空港にあるレンタカーの営業所で提示、サインして手続きは完了。営業所では英語が通じます。キーとオプションのカーナビを受け取って、クルマのところへ行きます。ガイドブックによると「ホテルは18時を過ぎても連絡がない場合、キャンセルされてしまう可能性もあるので、遅れる際には電話をしたほうがよい」とのこと。しかし、電話をかけても通じそうにないし、焦っても仕方がないので、まずは移動をすることにします。
カーナビは随時取り付ける、GPSを内蔵した簡易タイプ。電源は入ったものの、バッテリーを得るためのコネクタが自動車の中に見つかりません。そんなバカな! と、いうことでクルマの説明書とカーナビを持って慌ててレンタカーの営業所へ駆け込むも、わからないとのこと。そんなバカな! とにもかくにも出発が先、ということで、充電された分を大切に使いながら進むことにします。
借りたクルマは、マニュアル車、(当然のことながら)左ハンドル。ニューヨークでもオートマ車を借りて乗ったことはあるので、左ハンドルと車両の右側通行に関しては大丈夫だろうと考えていました。昨年まで乗っていた実家のクルマもマニュアル車だったので、これも問題なし。
実際に乗ってみるとギアやウインカーまで日本と左右が逆。これには戸惑いました。しかし、ぐだぐだしていると寝る場を失ってしまうので空港の前を3周ほどグルグルと回り、いざ空港の外へ。運のよいことに薄暗い道路には自分以外の自動車は一台も走っていません。なぜなら先は行き止まりだったからで、仕方なくUターン。をしようと思ってギアに手をかけるも、なぜかバックに入りません。いくらやっても5速までは入るのに、バックには入らない。!! 5分くらい格闘した挙げ句「もうダメだ・・・」と独り言を口にした瞬間、昔、クルマに同乗した父親が免許証を取りたての私に言った言葉を思い出しました。「ギアは、入りにくいことがあるからな」。入りにくい? そうだよな、入らないわけはないよな、ということで試しにギアを下に押し込んでから入れてみると、入りました! バックに。よかったー、などと安心している間もなく、Uターンをしてあらためて空港から出てみると、いきなり高速道路でした。
地図から見る移動は以下のとおり。正しく進めば約30分で着く距離ではあります。
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でも、実際には約2時間かかりました。どこをどう走ったのか、今となっては知る余地もありません。
フランス語で話すカーナビとプリントアウトしたGoogle Mapを頼りに、エンストを繰り返しながらもなんとか宿泊先の近くまで来ました。しかし、どうにもたどり着きません。さまよっていると、ちょいとクルマで町まで夜遊びに行きまっせー的な3人の若者を発見。ちゅうちょなくたずねてみると、「あ、知っているよ、ついてこいよ」と親切にも誘導までしてくれました。助かったー。思わず日本語で「ありがとう」と言ってしまったことは言うまでもありません。
宿泊先のキリヤード マス デ オリヴィエ(Kyriad Mas des Oliviers)には23時過ぎに到着。私(の、おそらくはくたびれた姿)を見た女将さん的な人は、「いいから、何も言わずにとりあえず休みなさい」と言わんばかりに部屋のキーを渡してくれました。部屋へ入って、風呂に入れるって幸せだなーと感じつつ、この日は無事に終えていくのでした。
【1月14日(木)】
8時過ぎに起きるも、あたりが暗くて混乱。調べてみると、この日のパリの日の出は8時40分とのこと。何にしても出かけねばなりません。
考えてみれば、昨日は疲れに疲れて手に取ったこともないフランス語を武器に戦う気力もなく結局、何も食べず、水も買えずに寝てしまいました。なので、今日は朝から腹ごしらえ。小さなパン屋を見つけて指指しと眼力でクロワッサンを1個購入。
パリには賑わう朝市が多くあるという情報をもとに、たどり着いたるはサン・カンタンの市場。どこでどう間違えたか、お客さんが誰もいない市場でした。
パリに来たら行かなくてはならない場所、カフェ。と、いうことで、何かに似ているなと思い返せば飛び込み営業の気持ちを持ちつつ、人の出入りの多いカフェに入って「S'il vous plait.(お願いします)」と一喝。おカネさえ持っていれば何でも買える世の中です。Café expressoとToastsをメニューで指差しオーダー。トーストはできないらしく、フランスパンがでてきました。なんておいしいんだ。
ガール・デュ・ノール駅(Gare du Nord)から4号線・7号線と乗り継いでシュリーモルラン駅(Sully Morland)で下車します。メトロへの移動中、これだけは欠かせないということで自動販売機にてミネラルウォーターを購入。
心なしか、メトロの駅そのものがかっこいいのではないかと感じてきました。
地上に出て、レンタル自転車を発見。しかし、無人かつ何かしらのカードが必要なようなので断念。
映画「レミーのおいしいレストラン」で登場したセーヌ川、左手にはサン・ルイ島が見えてきました。どのような地形なのか、どのような歴史があるのかは何せ便利なご時世、Googleでお調べください。
サン・ルイ島に渡って見えてきたのはサン・ルイ教会です。パリを歩いているんだーという感覚が強くなってきました。
トゥルネル橋を渡る途中で、中央にシテ島が見えてきました。
シテ島にあるのはドラマ「のだめカンタービレ in ヨーロッパ」で登場したノートル・ダム大聖堂。

警察庁は改装中のようです。
少し歩くだけでいろいろな建築物が目に飛び込んできて、なかなか歩みが進みません。橋を渡って見えたのはサン・ジャック塔です。塔などというものはテレビゲームでしか見たことがなかったわけで、しげしげと見上げます。

リヴォリ通りを進んでみます。
パリの中心部は、ルーヴル美術館/ルーヴル宮・カルーゼル凱旋門・カルーゼル庭園・コンコルド広場・シャンゼリゼ大通り・凱旋門と、一直線に並んでいます。四方が建物で囲まれているルーヴル宮から、ルーヴル美術館へ向かって歩きます。
あまりにも有名なガラスの三角形がご登場。地下にはの入口があります。
パリに来てルーヴル美術館に入らないのかという声が聞こえるような気もしますが、今回は未来の自分へ譲ることにします。

カルーゼル凱旋門は犬も見上げるご様子。
ルーヴル美術館の地下にショッピングセンターがあります。地上とは逆さになってる三角形を発見。
なんと偶然にも、すぐ脇にApple Store - Carrousel du Louvre(アップルストア カルーセル・ド・ルーブル)を見つけました。2009年(平成21年)11月にオープンした、フランスで初めてとなる店舗です。
透明な螺旋階段がある、2階建てになっています。
せっくなので自分のサイトを表示したみたことは言うまでもありません。設定を変更することなく日本語も表示できるなんてすごいなーなどと考えつつ、地上へ出ます。
カルーゼル庭園へ来ました。ものすごく優雅です。
中央の大きな噴水からルーヴル美術館の方面を見てみると、これまた優雅です。
ふと時計を見ると13時。先へ歩くとコンコルド広場に出る位置で、あわててテュイルリー駅(Tuileries)から1号線・12号線と乗り継いでモンパルナス ビヤンヴニュ駅(Montparnasse - Bienvenüe)で下車します。フランス国鉄(SNCF)のモンパルナス駅(Gare Montparnasse)へ。などとあたかもすらすら移動したように綴っていますが、SNCFがフランス国鉄のことだということやメトロとフランス国鉄の駅とが異なることなどは、帰国してからわかったことです。
現地でわかったことは、トイレが改装中で使えなかったことと、警備の人々が銃を構えていたことだけです。
言葉はわからずとも、必死で動くと何とかなるものです。シャルトル駅(Chartres)までの往復切符を購入。
おっ、これに乗るのだなー、かっこいいなあ。
と考えていたら、こちらでした。まあ、いいです。乗る電車さえ間違えなければ。
電車に乗ること約1時間15分、シャルトルに到着しました。またもやGoogle Chromeの広告。
駅から上り坂を歩くこと数分、世界遺産のノートルダム大聖堂(シャルトル大聖堂)のお目見えです。お目見えとはいっても、こちらから向かったわけですが。
古くから残るすべての建築物に言えることは、間違いなく圧倒的な存在感があるということです。
生まれて初めて大聖堂の中へ入りました。
他の追随を許さないステンドグラスの美しさは、観る者の心のすべてを洗い流すかのようです。


当然ではありますが、実際に観るステンドグラスは、写真で伝えきれるものでもありません。どんなに写真がうまい人でも無理に違いありません。
いくばくかお腹がすいてきたので、案内の広告に従って歩くと迷うことなくマクドナルドに到着。
ロイヤルチーズなる6.30ユーロのセットをオーダー。1ユーロ=約128円として換算すると約800円。安いとは言いがたいです。
SNCFに乗ってモンパルナス駅へ戻ります。
まだ観ていない凱旋門を観るべく、モンパルナス ビヤンヴニュ駅(Montparnasse - Bienvenüe)から6号線に乗車。ちょうど会社員が帰宅する時間にあたり、日本と同じようなラッシュを体験です。
メトロが地上を走ると、昨日は曇ってよく見えなかったエッフェル塔が美しく輝いていました。と、いうことで、ビラケム駅(Bir Hakeim)で下車。もはや地図なしで移動できる場所は、必然的に小走りとなります。昨日は観ることができなかった上のサーチライトがくっきりとしていました。


定期的に、全体がキラキラと輝いています。どれだけエッフェル塔が好きなんだという独り言を口にし始めたので、凱旋門へと急ぎます。
ビラケム駅(Bir Hakeim)から6号線に乗りシャルル・ド・ゴール エトワール駅(Charles de Gaulle - Étoile)で下車。地上に出ると、凱旋門と周りを狂ったように走行する自動車が目に飛び込んできました。
どうしてこのようなことになっているのかは、この数日後に身をもって知ることになります。
昼間たどり着くことができなかったコンコルド広場へ向かって、シャンゼリゼ大通りを、今度は凱旋門を背に歩きます。斜線が異様に多く、かつ横断歩道の信号が唐突に変わるため、車道での写真の撮影は命がけです。
車道だけでなく、歩道も尋常ではないくらい幅がとられています。遠くに見える観覧車まで歩くことにしました。
と、いう間違った判断が、足の痛みを誘います。にぎやかだったシャンゼリゼ大通りは、道路の幅はそのままに、途中で急に人気がなくなりました。3駅分、約2kmを歩くとコンコルド広場に到着。目の前に輝く観覧車は、徒歩の疲れをいやしてはくれませんでした。
昨日と同じホテルApollo Gare du Nordへ帰るため、コンコルド駅(Concorde)から12号線・4号線と乗り継いでガール・デュ・ノール駅(Gare du Nord)へ。メトロの駅の出口は、切符が不要な自動ドアです。
大好きな映画であるボーン・シリーズの第1作「ボーン・アイデンティティ」でも登場したガール・デュ・ノール駅(Gare du Nord)。映画に近いアングルでパシャリ。
ホテルへ着くと時刻は21時。もう、くたくたです。そんなこんなで2日目は終わりました。考えてみれば夕食を食べてはいませんが、まあ、いいや。
リアルタイムで更新しようとしていましたが、明日も早いので断念。今考えれば、このような単純な観光ほど楽なものはなかったわけですが。
転職の合間にある休日を活用して、フランスを中心とした一人旅をしました。テーマは「自分のことくらいは自分で決める」。自宅と会社の規則正しい行き帰り、室内の業務という、狭い世界にいたことによる思考の停止からの脱却が目的です。1日目は東京からパリへと移動しました。
【1月13日(水)】
安い航空チケットを確保したため、4時に起きて、自宅近くの駅を始発で出て、かつ、特急がない時間のために各駅停車で空港を目指すはめになりました。アシアナ航空にて、9時に東京の成田国際空港を出発、(繰り返しながら)安い航空チケットなので、直行便ではなくハブ空港であるところのソウルのインチョン空港へ11時40分到着。
空港にもかかわらず、設置されている電話機の説明文が日本語としておかしいわけです。雪が積もるソウルのインチョン空港を13時20分出発。
パリのシャルル・ド・ゴール空港(L'aéroport de Paris-Charles-de-Gaulle)に17時55分到着。なんだ、5時間足らずで着くのだなという大きな誤算はご愛嬌として、日本とフランスとの時差8時間なので、13時間は飛行機へ乗っていたことになります。iPod touchとニンテンドーDSがなかったら何をしていたことか。
シャルル・ド・ゴール1駅からRER B線に乗って、宿泊先のホテルがあるガール・デュ・ノール駅(パリ北駅:Gare du Nord)まで移動。発券機は硬貨とクレジットカードのみが使えるため、紙幣しか持ち合わせていない私はつたないフランス語で「Gare du Nord」。
20時、宿泊先のホテル Apollo Gare du Nordにて、苦笑いと予約票の提示だけでチェックインを乗り切りました。6階の部屋からはパリ北駅が一望できます。
日本にいれば朝の4時。眠気に気がつかないふりをしつつ、ホテルを飛び出しメトロ(地下鉄)の回数券を購入。
東京よりもややこしいパリのメトロ。ガール・デュ・ノール駅(Gare du Nord)から4号線・2号線・6号線と乗り継いでビラケム駅(Bir Hakeim)で下車。目の前に現れたるや、夢にまでみたエッフェル塔です。

東京タワーと同等のものかと思いきや、あまりの大きさに思わず「でけーーーーーっ! なんだこりゃあああ!」と叫んでいました。一人旅なのに。
欲をはって夜の凱旋門も観てみようかと歩き始めたのですが、明日以降のことも考えて断念。トロカデロ駅(Trocadéro)から6号線と4号線を乗り継いでガール・デュ・ノール駅(Gare du Nord)へ戻ります。飛行機ではごまんと日本人がいたのに、21時を過ぎたメトロで東洋人は私のみ。
23時にホテルへ到着。
考えてみればメトロでの移動中、やたらにGoogle Chromeの広告を目にしました。
もう、寝ます。
→2日目はこちら
[更新]2010年1月14日 2時40分(日本時間:2010年1月14日 10時40分)
与野七福神行列は、毎年1月3日に埼玉県中央区(旧・与野市)周辺で行われる七福神の行列。一般から募集した7名が七福神の姿に仮装して、与野にある7カ所の神社を巡り、約3kmの道のりを歩きます。初めての参加として、商業や農業の神である恵比須神に扮してきました。
参加者は9時に集合して、七福神になるための身支度を整えます。11時30分、式を終えて出発。
7カ所の神社にはそれぞれ、神様が割り当てられています。コースは、氷川神社(福禄寿)→一山神社(恵比須神)→天祖神社(寿老神)→円乗院(大黒天)→円福寺(布袋尊)→鈴谷大堂(毘沙門天)→弘法尊院(弁財天)です。

狩衣姿で、右手には釣り竿、左脇に鯛を抱える出立ちです。私は恵比須神なので、一山神社が自らの神社となります。
神社や寺院につくと、お守りである七福神の手によって「ご宝銭(ごほうせん)」が配られます。神様になることで、人間の真の姿がよくわかりました。

しきたりにより、円福寺以降はマイクロバスに乗り込み移動をする七福神です。来てくれた友人が小さい声で「えーーー」と言っていましたが、これは不可抗力というものです。
25年も続く歴史のある行列が、今後も盛り上がっていくことを期待しています。
後半、特に12月における環境の変化が大きかった2009年。やりきったり度は、100点満点で75点くらいでしょうか。2010年はようやく立つことができたスタート地点から、もちろん公私共々、力を出し惜しみすることなく突き進んでみることにします。
「自分のことくらいは自分で決める」をテーマに、転職の合間にある休日を活用しての、フランスを中心とした一人旅をしました。