晴菜 5歳
とにかく時間が経つのは早いもので、晴菜は5歳になりました。幼稚園へ行くかたわら、バレエや英語教室にも通い出し、それなりに人生を楽しんでいるようです。これからは引き続き時計の読み方、おカネの数え方、自転車の乗り方、そして社会におけるルールとマナーを学ぶことになりそうです。
とにかく時間が経つのは早いもので、晴菜は5歳になりました。幼稚園へ行くかたわら、バレエや英語教室にも通い出し、それなりに人生を楽しんでいるようです。これからは引き続き時計の読み方、おカネの数え方、自転車の乗り方、そして社会におけるルールとマナーを学ぶことになりそうです。
晴菜が口にしていたのは、「2×7=6(にしちがろく)」というちょっと間違えている掛け算の寝言。教え込ませていたわけではなく、お遊びで口にしていただけなのに、夢にまで出てしまったようです。なかなか8の段の掛け算を暗記できない小学生時代の自分を思い出してしまいました。
自転車を愛用している親として、晴菜には早く自転車を乗りこなしてほしいと考えています。近所の道路は交通量が多いためどうしても監視が必要にはなってしまい、まだ乗る機会も多くはないのですが、通常の運転はできるようになりました。あとは補助輪を外すことが当面の目標になります。
予防接種を受けた甲斐なく、1月末、インフルエンザA型に感染した晴菜。2ヶ月もたたないうちに今度はインフルエンザB型にかかりました。流行っているとはいえ同じ季節に2度もかかるとは、何とも不憫でなりません。40.0度の発熱にタミフルで対処。早く治ってくれることを祈るばかりです。
英会話やスイミングなど様々な習い事を少しずつかじっていた晴菜。今回は少しばかり本気のようです。同じくバレエを習っているこどもを持つ人に話したところ、「発表会にいくらかかるか知っている?」と軽く揶揄されました。おカネについてはともかく、少しでも多くのことを学んでほしいと考えています。
4歳児から中学生を対象にしたワークショップ「科学遊び・結晶ってきれいでしょ!キラキラ結晶ツリーを育てよう」が区民館で行われ、晴菜も参加をしました。「結晶とは何か」「結晶の性質」を学んだ後、自宅で尿素を使った結晶ツリーをつくります。学ぶ楽しさを感じ取ることができたようです。
とにかく時間が経つのは早いもので、晴菜は4歳になりました。ひらがなの読み書きやMacでのマウスの操作はできるようになった一方で、口達者ぶりに困惑させられることもあります。これからは時計の読み方、おカネの数え方、自転車の乗り方、そして社会におけるルールとマナーを学ぶことになりそうです。
晴菜の初めての夏休み、一日1ページの絵日記をつけさせることにしました。絵を描くことや文字を覚えるということよりも、毎日ひとつのことを続けるということに主眼をおいて挑戦です。7月末から8月末までの夏休みの絵日記は完成。描いてほしいと親が期待することはまず描かないという発見がありました。
日増しにひどくなってくる、晴菜の寝相。寝ついてから数分後には布団に対して90度の角度となり、寝ている私の鼻の穴に足の指を突っ込んだ挙げ句、朝には壁と布団の隙間に挟まって動けなくなっています。どうやら幼稚園で疲れた日の夜はまともな姿勢で寝るようです。徹底的に遊んでもらいたいものです。
幼稚園でもらった笹に飾り付けをした晴菜。「おりひめ様とひこぼし様、来ないねえ」などと言うのでたずねてみると、どうやら、おりひめ様とひこぼし様は玄関から入ってきて、短冊に書かれた願い事を叶え、玄関から帰っていくと考えているようです。サンタクロースではないから直接は来ないよとだけ伝えました。
幼稚園での生活で、いよいよ、おべんとうが始まりました。いつもゆっくりと食事をするため、限りある時間の中できちんと食べ終えることができるか不安だったものの、持って帰ってきた弁当箱の中は見事に空っぽ、晴菜いわく「おいしかった」とのことでひと安心です。
幼稚園の入園式に参加、晴菜は幼稚園児となりました。三年制の年少組です。わずかな友人とだけ顔をあわせていた今までとは異なり、好き嫌いに関わらず、多くの人と接することになります。親として偉そうなことを言うつもりはありません。相手の気持ちがわかる人間に育ってほしいと願っています。
ひらがな五十音を読むことを、なんとかできるようになってきました。読み聞かせた音を記憶して、まるで本当に絵本を読んでいるかのごとく声を出していた以前の晴菜とは違い、絵本を持つとたどたどしさは残るものの確実にいち文字いち文字を読み上げています。文章という単位を理解するにはもう少し先です。
今、晴菜の枕元にクリスマスのプレゼントを置きました。以前から興味を持っている、おもちゃのレジスターです。晴菜がサンタクロースからおもちゃをもらうのが初めてなら、私もサンタクロースになるのは初めてです。明日、いっしょに遊んでみるために、一日早いプレゼントとなりました。
満3歳を迎えたため、近所の氷川神社へ行き詣で、七五三を祝いました。美容院で髪を整え、和服を着た晴菜は「お姫さま」などといいつつはしゃいでいます。実家で用意された餅と赤飯を食べながら、加護を祈り、成長に感謝。月日が経つ早さを実感しつつ、健やかに育ってほしいと願う一日となりました。
よく聞く「魔の2歳児」を過ぎ晴菜は3歳になりました。食事やトイレなど日常生活での行動をひとりだけでできるようになるまでにはまだ時間がかかりそうなものの、自分の状態や気持ちを伝えることができるようになったりと成長は見て取ることができます。今後は社会に順応する術を学んでいくことになるでしょう。
こども特有の知識の吸収力に驚かされた出来事が、ジグソーパズルで遊ぶ姿を見たときでした。様々な果物の写真が載っている、32ピースのジグソーパズル。初めはピースの何たるかすらわからなかった晴菜ですが、3週間後にはひとりで完成させることができるようになりました。今は60ピースに挑戦中です。
電源の入れ方を覚えてしまったかと思えば、ソフトの入れ替えを把握し、今では簡単なゲームならば遊べるようになりました。ただ、まだ2歳ということもあり、今はニンテンドーDSを隠して、画用紙とクレパスを与えています。デジタルとアナログとは、バランスをとって身につけてほしいものです。
最近ではあまり使わなくなってしまったコンパクトのデジタルカメラ、FinePixZ1。晴菜に渡して使い方を教えてみたところ、今ではひとりで撮影や再生をすることができるようになりました。最初はレンズに指が触れたり、シャッターが重かったりしたものの、今ではピースサインを求めるほどです。
今まで、ひとつのものに熱中することが少なかった晴菜。となりのトトロに関しては数十回、観たであろうほどはまっています。「おかあさんになにかあったんだ!」というセリフとともにぐるぐると走り出すなど、名場面の数々を再現。「こどもは必ずはまる」と聞いていただけに、びっくりしています。
行儀の悪いことをしたり、危険なことをしようとする場合にはご多分にもれず、親として注意をします。すると「つまんない」「もういいよ、バイバイ」などと言って泣きながら座布団などに逃げ込みます。どこで覚えたのか不思議ではなりません。機嫌はすぐに直る今は、まだ楽なのかもしれません。
休日、食事を家で済ませた場合はだいたいにおいて私が食べ終えた食器を洗うようにしています。食べ終えた後、私がまとめて食器を流しに持っていくのを見ているためか、洗いものをしている私の元へ食器を持ってきてくれるようになりました。自分で使ったものは自分で片づけるという精神を続けてほしいです。
31歳が33歳になることと0歳が2歳になることとは明らかに違います。記憶、表現、行動、すべての行為が日々、驚異的な速度で成長。統計を取ったり見たりしたことがあるわけではないのでわかりませんが、単語ひとつをとっても1日に10個から30個ほど覚えているのではないでしょうか。うらやましい限りです。
日増しに増えるレパートリーには驚かされるばかりです。「とんぼのめがね」を筆頭に、「かえるのうた」「鳩ぽっぽ」など5曲あまり。「よーしょーみん、よーしょーみん」と繰り返していた歌が「イエローサブマリン」だとわかったときには謎を解いたような気分になるのでした。
添い寝をしようと寄っていくと、「いいの」や「じゅんばんじゅんばん」などと言いつつ、私を押しのけることが多くなってきました。「じゅんばんじゅんばん」は、「順番だから待っていてね」という意味合いが転じて「あっちへ行って」を含むようになったようです。1歳で自己主張をすることに驚きました。
「お名前は?」とたずねれば「おなまえは」と返事をし、「いくつですか?」と聞けば「いくしゅですか」と答えていた晴菜。質問と返答とを教えた結果「お名前は?」「晴菜です」「いくつですか?」「いっしゃい」と返答できるようになりました。問いと答えとの関係を完全に理解できるには時間が必要です。
「カージュ、みたいねえ」と映画カーズの予告編のサイトを観たがるので、1歳9ヶ月では少し早いかなと考えつつも、映画館へ連れて行って字幕版を観てみることにしました。予告編を観たシーンで、「カージュ」と声を出して反応。長時間だったので、さすがに後半、晴菜は眠ってしまったようです。
様々な形をしたブロックを同じ形の穴に入れる木製の玩具。同じ形を当てはめて遊ぶだけでは飽きたのか、ブロックをきれいに積み上げて「高い、高いねえ」などと言っています。セオリーどおりの遊び方しか教えていないだけに、発想する力が豊富であることに驚かされます。玩具ひとつでも遊びの種類は豊富です。
飽きっぽい晴菜が集中して遊んでいるのは、木でできた食器と食べものを使ったままごとです。嫁ちゃんが、牛乳パックで丈夫な机をつくってコンロのように装飾。食器とたべものとコンロとを組み合わせた遊びは、「よく見ているなあ」と思わず口にしてしまうほど、実際さながらの段取りと手順を繰り広げています。
外から帰って家にあがる際、自分で脱いだ靴をそろえていました。教えたことではないためすぐにでも忘れてしまうかもしれませんが、見よう見まねでも行儀を履行する姿には驚きがあります。見たものごとを即座に覚えてしまうということを、親として理解することができました。
コップを使って飲み物を飲むようになった晴菜ですが、勢いのコントロールがうまくできず、中身を床にこぼしてしまうことがあります。こぼしてしまった後、どこからかタオルを持ってきて「あーあ・・・」とつぶやきつつ床を拭くようになりました。親として、「あーあ」と言った覚えはないのですが・・・。
まだはっきりと話せない日本語ですが、明確に聞き取れる言葉もあります。「タッチ!」もそのうちのひとつ。手の甲を向けて「タッチ」と言うとはっきりとした口調で「タッチ!」と返してくれます。小さいことではありますが、少しずつコミュニケーションが成立していく様はおもしろいです。
ふと見ると、絵本をしまっていた小さな段ボールに晴菜がすっぽりと入っていました。ほとんどない残りの空きスペースには、晴菜自らが入れた小さなアヒルのぬいぐるみ。よくもまあ、こんな小さな箱に入ったなあと感心しつつ、段ボールを後ろから押すと段ボールの列車の完成です。
「あった、あった!」・・・フランス語のような発音でつぶやきながら時折、何かを見つけては叫びます。多く口にするのは「パパ」「ママ」、そして「キタ!」。ストリーミングの動画を少々待って、観ることができた瞬間に「キタ!」叫ばれ、さすがに驚きました。そんなことを言った覚えはないのですが・・・。
以前、いないいないばあに応えてくれたなどと喜んでいたのもつかの間、今度は壁のかげに隠れていきなり顔を出し、「@#$%^&、バ」と言っていることさえわからないものの、明らかにいないいないばあをしているのでした。親と子のどちらが楽しいかと言えば・・・親の側に違いありません。感慨深さもひとしおです。
壁などにつかまりながら歩くいわゆる「つたい歩き」は以前から披露をしていました。部屋の隅の約10メートルを、足だけで移動できたことに対しての喜びと驚きは、歩ききった晴菜の笑顔からダイレクトに伝わってきます。普通の生活の、通常の動作。にもかかわらず言葉では言い尽くせない感動があることに驚かされました。
季節を問わず、風呂上がりには必ず裸のまま横たわって扇風機の涼にあたるのが私の日課。ボタンやスイッチがあれば指をのばし「押す」という行動をとる晴菜にとっては、私の乳首も当然のごとく押す対象に含まれているようです。押されると「ピンポーン」と応えていることが気に入ったのか、押さない日はないありさまです。
この1年の時間の経ち方は早いなんてものでなく、病院で晴菜の誕生を待っていた瞬間を、つい、5分前のことのように思い出すことができます。神妙な面持ちで携帯電話をいじっている晴菜を見ていると、これからの人生があることについて、考えさせられる次第です。
前々日まではほふく、前日までは片足のほふくだった晴菜はいきなりハイハイを完成させました。おもしろいのはハイハイの速度がほふくと同じであること。気がつくと見ていないところに現れたりするので、目は離せません。とにもかくにも、行動範囲が広がっていくことは親としてうれしい限りです。
前歯が上下2本ずつはえてきたこともあって、上手にせんべいをかじります。見ていると、食べかけでぼろぼろになっているせんべいを私の口に入れようとしているではないですか。たまたまなのかもしれませんが、何とも言えない、おもしろさのようなものがあります。
テーブルの上に置いてあるものが気になるようです。いつしか支えを必要としながらもしっかりと立って、いろいろなものを引き寄せていました。昨日までまったく立てなかったことを考えると、不思議でなりません。行動範囲が広がる反面、ケガの心配も増えてきました。
クルリと仰向けからうつ伏せになったかと思えば、ほふくをして興味のある方向へと向かいます。扇風機に興味があるようで、いつの間にかスイッチをオンにして、送風される様を下から眺めているのでした。日々、行動範囲が広がっていくことがわかります。反面、危険なモノゴトにも気を配らねばなりません。
振り返ったり無関心だったり、名前を呼んだときのリアクションはまちまちでした。今では間違いなく呼んだ方向に振り向いて、声を出して返答します。呼びかけて振り返ってくれるという不思議な喜びは、他の何も代え難いものがあります。ひとつずつ、少しずつ、ボキャブラリーを増えていくことを願っています。
こども誕生の記念樹を地元の区からもらうことができるため、晴菜が誕生したときに申し込みました。いくつか種類がある中で、ひとつを選びます。嫁ちゃんが迷いに迷って、もらったのはオリーブ。早速、庭の風景のひとつにとけ込みました。大きくなりますように大切に育てます。
歯が生えていない乳児でも食べることができる煎餅「ハイハイン」も、大人さながらに音を出しながら食べるようになってきました。寝ているときなどに口の中を見るほどでないと確認できない程度の歯が、下からはえてきたことを確認。虫歯にならない歯の育成には、今から注意が必要とのことです。
日々、自分の置かれている環境を認識し続けています。先日までは、ニッコリ笑うと同じように笑うという行動だけだったのですが、「いないいないばあ」をしてみると大声で笑って応えるようになったのです。枕を盾に、側面から声とともに顔を出すと大喜び。晴菜がケラケラ、私もゲラゲラ。おもしろいです。
生後6ヶ月。そろそろベビーカーも必要ということで、トイザらスで購入しました。横と後とが視界に入る「抱えられて観る風景」と、前が視界に入る「ベビーカーから観る風景」とでは、スピードを含めて、感覚が異なるに違いありません。どちらも、周囲に注意しなければならないことに変わらないようです。
いつもはベビーラックに、背をもたれて寄っかかっています。ふと見ると、自分の力で腰掛けていました。できるアクションがひとつ増えると、行動の幅が広がるおもしろさ。前方に倒れることのないようにと設置したベビーラックのテーブル。上に置いたおもちゃに触れています。
4ヶ月の晴菜はまだケーキを食べることはできません。祝うだけならばということで、行きつけのコージーコーナーでかわいらしいケーキを見つけたので購入。ショートケーキの、ひなショート「おびな」「めびな」、プチケーキをそれぞれひとつずつ。芸が細かいケーキです。
今までは、おもちゃのガラガラを見せても何の反応も見せなかったのですが、手渡すと持ってじっと眺めるようになりました。口に入れようとしたり、振って大きな音を立てたりするようになるプロセスが不思議でなりません。成長と同時に危険も増えるので、注意もしていくつもりです。
生まれてから4ヶ月を過ぎると、いろいろなイベントがあります。まず、三種混合という予防接種を受けました。不安や痛みで当然、泣いたのですが、誰しもが通る道なので我慢してもらうしかありません。健康検診、様々な接種・・・大人になるまでの遠い道をようやく歩きはじめました。
生後100日目。生涯、食べ物で困ることがないようにという願いを込めて、儀式としての初めての食事(の真似事)を行いました。当人はミルクしか飲まず、かつ、眠っていたのですが、鯛や赤飯などめでたい食べ物を用意して、おかまいなく食べるふりをします。おもしろい儀式もあるものです。
地域によって差はあるものの、誕生後30日前後になると、地域の氏神さまの神社へ行ってお参りをします。仕事の都合で少し遅くなってしまいましたが、私の両親とともに、豊玉氷川神社でおはらいをしてもらいました。私も31年前に同じ場所でお参りをしたことが写真として残っています。感慨深いものです。
天からの「晴」、地からの「菜」。第一子長女を「晴菜(はるな)」と名付けました。生きていく上での強さと優しさを兼ね合わせてほしいという願いから、名前を決定。期限いっぱいの2週間、悩みに悩んでようやくたどり着いた結果です。良いモノゴトも悪いモノゴトも、とにかく多くを見て、考え、動いてほしいと願っています。
9月22日16時19分に第一子として生まれたのは2516グラム、45センチ、女の子でした。逆子だったので心配はありましたが、母子ともに元気でひと安心。これからが正念場だとは自覚しつつも、親としての実感はあまり、というかほとんどないです。元気がなによりだと、心より実感しています。